心がけ31 読者からもらう「とらえ直しチャンス」

「コスモス短歌会」という短歌の結社に2020年、入会しました。毎月10首投稿し、3~5首採ってもらうのですが、22年2月号で採られた1首に2人の歌人が評を寄せてくれました。
入選歌は「郡として消滅新たな市名にも選ばれずなり敗者さらしな」。都人のあこがれだったさらしなの里の原点である更級郡が市町村合併で2005年消滅。私の生地、旧更級村域を含む自治体の合併では更科が新市名の候補の一つだったのですが、住民の投票できん差で敗れました。そのことを詠んだものです。(更級と更科、漢字は異なりますが、同じさらしなの里です)
お二人の評を詠み、思いは届いたと感じました。「さらしなの名への愛着とその消失への怒りに近い無念の表出」というお一人の指摘は、抱いてきた思いをさらに深くとらえるものでした。「残念」という言葉は自分でもよく使ってきたのですが、「怒りに近い無念」という言葉の方がぴったりくるのです。
結社編集部からは短歌を作った経緯を文章にという要請があり、そこでは「敗者となったことでさらしなは永遠です」と書きました。「永遠」だと思わせるのは、「怒り」と「無念」です。