心がけるとよいこと

心がけ61 うまく説明できないことが人の心を打つ場合がある

「人の心を本当に強く打つのは多くの場合、言葉ではうまく説明のできないものごとなのです」

これはアメリカ人がかいた世界的なロングセラー絵本「おおきな木」の訳を手掛けた村上春樹さんの「あとがき」にある一文。伝えたい思いを文章にするときの励みになる言葉だと思います。うまく言葉では説明できないことの方が、読者の心を打つことがあるのです。
この絵本は、子ども時代から最晩年に至る一人の人間のために木がひたすら自らの身を文字通り削るお話。親が子どものために献身的に時には自己犠牲を払うことはよくありますが、このお話の特徴は老人になって死ぬ間際まで木がひたすら奉仕するところで、ページを繰っていくと「いいお話だな」とは素直に思えず、複雑な気持ちになります。それでも読み終わると、また読み直したくなったり、抱いた複雑な気持ちの理由を知りたくなったりします。村上さんの言葉のように、強く打たれた自分の心の内実はうまく言葉では説明できないのです。
正しいか間違っているか、はっきり判断のできないことが生きていくときには出てきます。複雑な事情があってどうにも解決できないことがあります。死んだら自分はどうなるのかといった答えの出ない問題もあります。人の心を打つ表現のチャンスかもしれません。

★文章を作るときに普段心がけておくといいことを「心がけるとよいこと」のコーナーで連載しています。

心がけ60 読者が抱くだろう疑問に答えながら

 さらしなの地名の魅力を紹介するかわら版「更級への旅」を発行を始め、しばらくして、大学の教授を退職した地元の方からお手紙をいただきました。親しみやすい文章で読者が多かった旧更級村生まれの郷土史家の方が亡くなり、残念に思っていたが、「更級への旅」を面白く読んでいるというものでした。
お手紙の中でうれしかったのは「解釈や思いのもとになった出典が記され、断定できないことは推測であるという表現になっている」という趣旨のご感想でした。元教授の方は理系分野専攻。論拠を明示することが特に求められる立場の人から読み進めやすいという言葉をもらい、ありがたかったです。
「更級への旅」は歴史をさかのぼって私が生を受けていない時代のことをたくさん書くものなので、資史料はあっても、はっきり分からないことがあります。新聞記者時代は、読者が抱くであろう疑問に答えるという姿勢で記事を作っていました。このことが、「更級への旅」を読んでくれる人にも、解釈や思いの信ぴょう性を疑われないようにという意識につながったと思いました。

心がけ59 もっと知りたい人の手がかりを

 古今の詩歌を「折々のうた」として新聞連載していた大岡信さんの著書に、文章を作るのに参考になる、興味深い記述がありました。「詩歌ことはじめ」という本で、その中の一説に「なぜわたしは古典詩歌を読むか―『折々のうた』拾遺」があり、連載を始めたときの読者の反応に関する「発見」を書いています。
「折々のうた」は、短歌や俳句などを毎日一つずつ取り上げ、約180字の解説文を添えるコラム(1979年から2007年朝日新聞朝刊1面)。始めて1カ月ほどは、「何に載っているか」「どこに行ったら買えるか」という問い合わせがたくさんあったそうです。それで「〇〇所収」と入れたり、発行年を入れたりするようになったそうです。大岡さんは、この体験から「人間性の問題としても」面白く感じることがあったと書いています。以下はその記述です。

つまり人間というものは、あるものをさし出されると、たとえばこの場合詩歌作品をさし出されると、さし出した人がその人の主観において、いいとかつまらないとか言ってみても言われたほう(読者)の立場からすると、その相手がかりに完全無欠な立派な人であっても、言われた側が不安になるということがあるんですね。ある作品の根っこがどこにあるか、たとえば歌集名や発行年、作者の出生地や経歴など、ごく初歩的な知識がくっついていると納得するということがある。もしそれがわからずに、ものを言ってくれる人の主観だけで判断したことを押し付けられるような場合には、読者は不安になり、納得できないんですね。これはある意味では小さな、つまらない発見にすぎないんだけれども、私にはやっぱり一つの発見でありました。

「折々のうた」を切り抜いて保存しておきたくなったのは、大岡さんの端的な解説や端正なコラムデザインであることに加え、もっと知りたいときの手がかりや資料性があったからだと思いました。作文の説得力は、文章の長さや量に関係はないと思います。
大岡信さんは2017年、86歳で亡くなりました。「詩歌ことはじめ」は1985年、講談社学術文庫から発行されました。

心がけ58 続々・読者からもらう「とらえ直しチャンス」

 生まれ育った「さらしな」という土地とその名にまつわる自作の短歌を2020年、「さらしなのうた」という本にまとめました。定年退職する前に、作っていた短歌を整理しておきたいと思いました。歌は自分で選び、業務用の編集ソフトで制作、自費出版です。
長野県駒ケ根市在住の歌人の方にお送りしたところ、お返事をいただき、そこでは「大谷善邦歌集『さらしなのうた』 抽出十首」というタイトルで、「印象に残る十首」を列挙してくださっていました。
「歌と向かい合おうとする気持ちが滲み出ている若々しい感じのする御集でした」というご感想もありました。
不思議に感じたのは、選んでいただいた十首が自分の歌ではないような感覚がしたことです。個々の歌はそれぞれどのような経緯で作ったのか思い出せるのですが、第三者の評価を通し、このように選び出してまとめてもらったことで、新鮮な歌として読み直すことができました。こういう歌の作り方でいいんだという自信にもつながりました。
選んでいただいた十首は次の通りです。
大谷善邦歌集『さらしなのうた』 抽出十首
千曲にて泳ぐいちどの体験をプールを知らぬ伯父(おじ)がくれにき
冠雪(かんせつ)をかむゆきと読むこと多きおばすて山のふもとの男
あまたなる行きつ戻りつ百年の時のたまりば姨捨駅は
妻を決めトンネル抜ければ白き里ひと筋の野火上がりていたり
照らし合う月と水田(みずた)を行くおさな両のまなこに蛍たち舞う
幼き日まつたけ採りの朝に見し広がる雲海わが浄土なり
出雲なる高層社殿支えたる杉の年りん縄文模様
耳かきをされたるあぐら大きくて薄目でみあげし親父のまなこ
老い三人(みたり)桜の下を歩みいて容易に幹に隠れてしまいぬ

心がけ57 続・読者からもらう「とらえ直しチャンス」

 自分の書いたものを人に読んでもらうと、内容のとらえ直しチャンスを得ることがあります。所属している短歌結社「コスモス短歌会」に毎月、10首提出、入選歌が載った機関誌が送られてくるのですが、「今月の五首」というコーナーがあり、そこに次の歌が取られたことがあります。

電柱の向こうの白雲わが頭蓋ふれば自在に動かせるなり

部屋の窓から見える、電柱の向こうに浮かんでいた白い雲を見て詠んだものです。頭の位置を変え、目線を動かせば、止まっている大きな雲が動く―というのは発見ではありましたが、この歌がたくさんの会員の入選歌の中から抜き出されるということは全く想像しませんでした。
歌が五首列挙されただけで、抜き出した理由は書いてありません。なぜ、選者はこの歌を「今月の五首」に選んだのか気になっており、しばらくして、この歌の「電柱」は物事を進めるときの軸ともいえるなと思いました。軸が定まっていれば、問題や困難があったとしても進むことができます。問題や困難はわたしが見方や考え方をずらせば、問題や困難ではなくなるとまではいかなくても、操作や対処が可能になるということを、この歌が気づかせてくれました。
人に読んでもらい、人の評価を通すことで、自分の作品を深くよむことができました。愛唱したい短歌を単語帳に書き写しています。大半は本や新聞に載っている他人の短歌なのですが、自分のこの歌も書き加えました。
心がけ31「読者からもらうとらえ直しチャンス」もご覧ください。

心がけ56 読みごたえのある女性の思い

 当地には、地域のお祭りなどに協力する「さらしなの里友の会」という住民団体があり、機関誌「友の会だより」の編集のお手伝いをしています。A4判4ページ(フルカラー)で年2回発行、最新46号。33号からは住民の寄稿を掲載する里麗(りれい)エッセイというコーナーを設けました。地域のニュースだけでなく読み物を充実させようとしてきたのですが、号を重ねていくうちに、住んでいる人たちの考えていることや思いが載っていないのではという議論があり、それなら特に女性にエッセイを交代で書いてもらったらどうかとなりました。
約600字、写真1枚を付けてもらっています。友の会の副会長を務める女性のネットワークで毎号、筆者を決めるのですが、文章は読みごたえがあり、誌面制作をするのが楽しいです。なぜ、そうなのかを察するに、伝えたいことや思いがはっきりしているからだと思います。多くの方が伴侶やお仲間がいらっしゃり、書いた文章を読んでもらっている人も多いのでは思います。加えて、自分の知り合いや家族親戚も読む地域のメディアなので、読者対象が意識されているせいもあるかもしれません。
最近の44号では、「鳥もお葬式?」という絵本になるような観察体験をお書きになった方がおり、引き込まれました。
さらしなの里友の会だよりは、次をクリックしてご覧ください。http://www.sarashinado.com/category/tomonokai/ 里麗エッセイは33号から毎号2ページの下段に掲載しています。

心がけ55 タイトルをつけて著作物に

 自分は何をしてきたか、何をしているか、これからどうするのか、どんなことを考えているか。そうしたことを書いた文章があるなら、まとめて何らかの形にしてタイトルをつけたらどうでしょう。自分がどんな人間であるか知ってもらいやすくなります。伝えたいことが伝わりやすくなるかもしれません。
新聞記者時代は、問題や事件事故があったとき、その分野に詳しい人に話を聞きました。だれに聞くか決めるに当たって一番参考にしたのは、その人の著作物でした。新聞に限らずメディアに登場する人の略歴には大抵、最後に「著書に…」というような情報が添えられています。その人に関する記事を読んでさらに詳しく知りたくなった人には大変役に立つ情報だからです。
著書は、書店やアマゾンで販売されるような商業出版物である必要はありません。自費出版も著作物、著書です。印刷所を使った本でなくてもいいです。プリンターで印刷して糊付けしたり、ホチキスで留めて、ふさわしいタイトルをつければ立派な著作物です。自己紹介では「このようなテーマや観点でつくった手作りの冊子(本)がある」と書きましょう。タイトルをつけるには文章が足りないと感じたときは、新たに書きます。著書という目標が自分の中でできれば、書きたくなってくると思います。
タイトルのつけ方については、心がけ3637をご覧ください。

心がけ54 作文は心身を浄化する

 いきづまったとき、呪文のように唱える短い言葉があります。そのときどきでぴったり来る言葉があるので、ずっと同じものではありません。自分で作ることもあれば、どこかに書かれていたものであることもあります。最近、単語帳にメモし、よく唱えているのは次の言葉です。

中(あた)りても中らなくとも弓引けば身体の芯が浄化されゆく 松村千津子

的に狙いを定め、弓を引き絞って一点に集中する心身の引き締まり。弓道に親しんだことはありませんが、この短歌によって自分もその場に身を置いているような感覚になれます。刹那の時間であるからこその緊張感の心地よさといった感じ。この歌を唱えたくなった理由は、加えて、的に当たるかどうかは関係ない、とにかく弓を引き絞ることが気持ちいいと詠んでいるところでした。
なぜ、気になる短歌なのかと考えました。結果はどうなるか分からないが、とにかくやってみる、からだを動かしてみる、そうすることで心身はすがすがしくなるという普遍的なメッセージも入っているなあと気づきました。
作者自身がそうしたメッセージを込めて歌を作ったかどうかわかりません。メッセージ性をわたしが受け取ったことによって、作者の短歌はわたしに深く届きました。普段のくらしには、作文することによって、多くの人に深く届く体験や出来事があると思います。

心がけ53 作文という慰め、道しるべ

 人生を長く生きるときの寂しさと悲しさは、老いて死ぬことです。どうすればこの寂しさと悲しさを慰めることができるか。「(その感情を)表現して、それを受け止めてくれる人がいること」という東京大学名誉教授(倫理学)の竹内整一先生の指摘にヒントがあると思っています。
信頼できる人、自分のことを気にかけてくれる人がいれば、寂しさや悲しみを語ることができるでしょう。聞いてもらうことで、すっきりすることがあります。語る相手のいない場合や、もっと深く届けたい場合があります。そのときには、書くといった表現が向いています。
わたしの生家の正面にそびえる山(冠着山)が「姨捨山」の異名を持つ理由を深掘りしていったところ、生地のさらしなの里が「老いて死ぬこと」の寂しさや悲しさを表現する最適地として千年以上前に選ばれ、世阿弥や松尾芭蕉ら多くのアーティストが作品を残してきたことが分かりました。そのことが分かったのは、「わが心慰めかねつさらしなや姨捨山にてる月を見て」という和歌が古今和歌集に載っていたからです。作者はだれか分からないのですが、歌に詠み、そしてそれを書き留めたということが決定的に重要でした。
寂しさや悲しさの表現は歌である必要はありません。自分の寂しさや悲しさが伝えたい相手に届くような作文であれば、自分が慰められるだけでなく、後に続く人たちが人生を生きる道しるべになることがあるかもしれません。
竹内整一先生による「わが心慰めかねつさらしなや姨捨山にてる月を見て」の読み解きを、次のページにアップしています。http://www.sarashinado.com/2015/02/04/takeuchi-kickoff/

心がけ52 だれかの人生の手がかりになるかもしれない

 埼玉県飯能市の種屋さんから聞いた話が、「さらしな」の地名のブランド力を明らかにするかわら版「更級への旅」を続ける弾みとなりました。
今、畑にまかれている種には大きく、種を採取して翌シーズンにまたまいて収穫する「固定種」と呼ばれるものと、種苗メーカーが交配した一代限りの「交配種」があります。交配種は形や収穫時期が安定して栽培しやすいので園芸店で売られる種の大半は交配種です。取材した種屋さんは地域で作られてきたかぶの固定種を採算度外視で郊外の畑で栽培しており、その理由を尋ねたら「とにかくDNAをばらまいておく」と言いました。作るのは大変でも味のあるおいしいかぶの「生命の設計図」とも呼ばれるDNAが、種としてどこかに残っていれば、自分が作らなくなってもいつか発芽してだれかが見つけて、また復活するというのです。
最後の所属自治体だった大岡村が長野市と合併し、長野県更級郡は2004年消滅しました。千年以上前から都人のあこがれだった「さらしな」の地名が口の端に乗らなくなるのが残念で、もう一度世に送り出したいと思って20年近くになります。しかし、自治体の合併でできる新たなまちの名前の候補になりながらかなわなかったこと、文化庁の観光振興政策「日本遺産」のタイトルとして「月の都さらしな」とならなかったこと…など、なかなか困難です。それでも「さらしな」という地名の力は永遠だと思っているので、その底力の姿と理由を書き続けていれば、いつか誰かが読んで…という思いで「更級への旅」を続けています。
埼玉県飯能市の種屋さんを取材したときは。まだだれもがホームページ(HP)を作れるという時代ではありませんでした。HPが作りやすくなってからは、書いた文章(テキスト)と一緒に、文章と写真に見出しをレイアウトしたPDFをHPにアップしました。一枚の画像のように表示されて保存・閲覧しやすい形式のPDFは、わたしにとって「さらしな」という地名のDNAとなりました。

心がけ51 読み手の気持ちになる

 伝えたいことを伝えるためには、読み手の気持ち、立場になることが必要です。聞き手の気持ちや立場になることと同じですが、書いているときは、読み手は自分の前にいないので、聞き手より読み手の気持ちになる方が難しいと思います。
読んでもらいたい人が不特定多数の場合は、特に読み手のことを意識した方がいいです。新聞記事は不特定多数を読者対象にしていますが、高校生が読んでわかるものという基準があります。伝えたいことを伝えるためには、これを基準にするといいと思います。年齢を重ねた人には当たり前のことも、若年層は知らないのではと考えながら書くほうがいいです。
上から目線にも注意が必要です。ものごとを教えてやろう、解説してやろうという意識が出ている文章は、読み進めたくなくなるものです。自分だけが知っていると思っていることや、自分がなした事、こういうものは偉ぶって書きがちです。発見だと思っていることは実は違い、知っている人がたくさんいるかもしれません。解釈は独りよがりかもしれません。根拠は示されていますか。表現を工夫したり、客観的にすることで読み手が受ける印象はずいぶん変わります。
読み手の気持ちや立場になることは、なかなか難しいものです。書き上げた高揚感でそのまま発表してしまうと、結果的に評価を下げてしまうかもしれません。言ってくれることは信頼できるという人が身近にいれば、最初の読者になってもらうといいと思います。

心がけ50 考え事は眠っている間に整理される

最近、次の短歌を単語帳に書き写しました。

おぼろげに思へることを確かめしたのしさもちて夜床に就かん

長野県松本市生まれの歌人窪田空穂さん(1967年、89歳で逝去)の晩年の歌です。書きたいことはあるんだけど、まだ言葉にならない、表現できない、それでも思いの種があることは、はっきりしている、今日は深追いせず、眠ってしまおう、翌朝になれば書けるだろう―というような体験を歌にしたものだと思います。この感じ、分かるようになりました。
健康生活を送るための標語に「早寝早起きあさごはん」がありますが、記者時代に取材した睡眠の専門家は、早寝と早起きの順番を逆にし、「早起き早寝あさごはん」がいいと言いました。「早起き」が何より重要だというのです。なるほどと思いました。自分でやってみたので、よく分かるのですが、早起きすると、早い時間に眠くならざるを得ません。ふだん宵っ張りだと早く寝るのは困難です。歳を取ると早起きになる理由は、早く寝るからです。
早起きするようになって、頭の中がすっきりしていることが多いのに気づきました。コンピューターによる記事の編集配信システムも夜中に稼働をいったん休止してメンテナンスを行い、朝方ふたたび稼働させています。前日に駆使した人間の頭脳も、コンピューターと同じように眠りのメンテナンスが必要で、眠っている間にいろいろなことが整理されて、考え事が関連づけられたり流れができる、そんな感じがします。

心がけ49 行きづまったら歩く、走る

 文章を作っていて、どうにも書き進めない、どうにも言葉が出てこない、表現が決まらない、ということがあります。そんなとき、歩いたり、走ったりします。
作文を忘れることが大事で、歩き始めや走り始めは行きづまりの解決をたくらむこともありますが、いつのまにか忘れて、なにも考えていない状態になっています。
ランニングは、からだの節ぶしの痛みがとれないので始めました。医師に相談したら、水泳やランニングの全身運動がいいとすすめられました。走り始めてしばらくすると気持ち良くなって、からだは乗り物だと感じます。重たいこと、とりあえずどうでもいいことが沈んでいって、軽い状態になります。さらしな堂の裏には広大な田畑が広がり、その先の千曲川の堤防は歩行者と自転車の専用道です。
そのあとにすぐ行きづまりが開かれるとは限りませんが、なにかリセットされた感じがして、書き進めることができたり、ふさわしい言葉、表現が見つかることがあります。行きづまったら、とにかくいったん筆を置いて、別のことをするのがいいと思います。

心がけ48 いろいろな角度から掘り下げて書く

 文化部の記者時代、映画を3年担当したことがあります。有名な監督や俳優が亡くなったときは大きな事件や事故と同じように、翌日の紙面を埋めるたくさんの記事を作るのですが、その一つに、亡くなった人の実績を振り返る「追悼」記事があり、多くは映画評論家に執筆を依頼しました。
ことし(2022年)3月、91歳で亡くなった佐藤忠男さん(元日本映画大学学長)にも、いくども書いてもらいました。佐藤さんはいつも、こちらが求める締め切り時間に応じてくださり、亡くなった映画人の仕事を見事に書き切る原稿を送ってくれました。佐藤さんの原稿は手書きで、それをパソコンに打ちこむのですが、打ち込みながら「なるほど、そういうことだったのか」とよくうなっていました。
新作の試写会が終わって喫茶店でご一緒したとき、佐藤さんに「どうしていつも短い時間で完全原稿が書けるのですか」と質問したことがあります。佐藤さんは「書きつくして来たからね」とおっしゃいました。「日本映画史」という大著をはじめ、佐藤さんは映画草創期以来の作品はもちろん、名を残す映画監督や俳優、カメラマンといった映画人に言及する膨大な文章をお書きになり、本になさっていました。「どんな映画人のことでも、求められれば大抵のことはすぐ書ける」。にやっとした佐藤さんの若々しく誇らしげな笑顔がいまも浮かびます。
佐藤さんの頭の中では、世界の映画と映画人の相関図が出来上がっており、執筆依頼があった人物や作品はその相関図の中のここにあるとピンポイントで見つけ、ひろい上げることができる。そんなふうにイメージしました。佐藤さんの追悼記事は、映画の歴史だけでなく社会情勢も視野に入れた縦軸と横軸の中で、亡くなった人やその人の作品を評価する感じがしました。たくさん、いろいろな角度から、かつ掘り下げて書いてきたからこそなせる技だったと思います。

心がけ47 団子を串に通すイメージで

 取材結果を記事にするとき、「串を通す」という言い方をよくしました。いろいろな質問をし、いろいろな資料を集めているので、たくさんの情報が集まっています。転がっている情報を選んで、それに串を通せるな―というイメージができれば、記事の8割は完成でした。
自分の来し方をまとめたいとき、いちばん問題になるのは何を書くかということです。過去に書いた文章があれば、それは団子です。来し方の大きな要素と思える内容のものがあれば、その団子たちを通す「串」を探します。過去に書いたものがない場合は、短い文章を書き溜めることをおすすめします。自分の心に残っているエピソードを一つずつ作文します。串は見つかっても、棒にはまださす部分が残っていることもあるでしょう。新たに書きおこします。串はテーマともいえるもので、一見関係のないようなエピソードを関連づけることができます。
2006年に自費出版した「姨捨の男」は、田中康夫知事が誕生した長野県政の取材のため約20年ぶりに信州で暮らした自分の物語を中心に、本格突入した高齢社会に関連して書いたエッセイや短歌などを集めた本です。「姨捨の男」というタイトルが、本を貫く「串」となりました。串となるタイトルが決まったことで、本に載せる過去の文章の取捨選択ができました。一方で、足りないと感じるところもあったので、新たに作文し、加えた文章もあります。
伝えたい思いのことを、引き出したりひっこめたりしていると、ふと浮かんだり、思いつく言葉があるものです。その言葉が串になる場合があります。更級郡の消滅をきっかけに発行を始めたかわら版のタイトル「更級への旅」もその一つです。この言葉が浮かび、発行が続けられると思いました。

心がけ46 眼にやさしい文章を

 肉眼を通して文章は読まれるものなので、作文は眼にやさしいほうがいいと思います。漢字が多い文章は疲れます。原稿を読んでもらったデスクから「真っ黒だな」といわれたことがあります。特に取材テーマが硬いものだと、漢字の組み合わせの熟語を使うことが多くなり、また記事は短さを要求されるので、熟語を使いがちです。「しあわせ」を「幸福」とすれば2字減らせます。一方で一字増えますが、「やさしい」は「優しい」より、やさしい感じがします。
思いを伝えるには、内容によっては漢字や熟語を多くすることが有効なこともあるでしょうが、基本は熟語ではないことばを使うとか、ひらなが書きすることを検討してみるといいと思います。ビジュアルセンテンスです。
新聞の子どもニュースの記事を作ったり、絵本を制作したりしてきて、文章の中で漢字をどうするか、いろいろトライしてきました。それで思うのは、何を漢字として残し、何をひらがなにするのかは最終的には全体の中で判断するということです。
短歌を作るときは、なるたけ漢字を減らすことにしています。31音におさめるために熟語を使いがちです。必要な場合は、動詞をひらがな書きにし、漢字を減らすといった工夫をします。熟語と名詞が漢字でならぶと、そこだけ黒くなるので、あえて一つの漢字をひらながにすることもあります。作りはじめたころの歌をみると、思いを伝えたいことが優先したのでしょう。新聞記事のように漢字を使う部分はそのまま漢字を使っているものが多いです。短歌は韻律、口の端にのせて唱えたときの調べが重要、なるたけ意味を押しつけるような漢字を使わないほうがいいという助言を受けました。
短歌と同じように作文は届けたい思いの結晶です。届けたい相手が、手にとって身近に置いておきたくなる工夫があったほうがいいと思います。

心がけ45 過去は新しくなる

 古来都人のあこがれだった更級郡の消滅が残念で、「更級への旅」というかわら版を発行して約20年になります。当初はさらしな堂の前身である大谷商店に来てくれたお客さんに自由に持って帰ってもらい、閉店後はインターネットのサイト(さらしな堂アネックス)で読んでもらっています。「さらしな」という地名にまつわる歴史や文化を、いろいろな角度から紹介してきて思うのは、過去は意味づけと解釈で新しいものとして立ち現れるということです。
 これまでの「更級への旅」では、まだ知られていない事実や文化を発掘することもありましたが、多くはすでに過去に発表された調査研究や昔は多くの人が知っていた事実に、わたし流の意味づけや解釈をして紹介したものです。光りの当て方次第で、こんなふうにさらしなは今でも魅力的なんだという感じです。
 だれもが過去を持っています。そのままの過去だと、古臭い、むかしの話になってしまいますが、光りの当て方、意味づけによって新鮮なものになることがあります。新聞の歌壇には、ロシアのウクライナ侵略以降、この悲劇をめぐる歌が載るようになりました。日本が当事者となった約80年前の戦争がよみがえる歌もいくつもあります。例えば2022年5月2日付の読売歌壇にのった次の一首

  ラーゲリに死にし義父あり「避難」と言う強制連行ありて危うし  東京都 青木洋子

 敗戦後、日本兵がソ連のシベリアに強制連行されて過酷な労働を強いられ大勢が死んだ過去の歴史と、ウクライナ国民が「避難」という名目でシベリアに移送されている現在の歴史を重ね合わせた歌です。作者の義父の悲劇がこのように短歌によって現在の私たちに届く意味づけがなされています。
 言葉遣いに慎重にならなければなりませんが、かわら版「更級への旅」を読んでくれている方から「楽しい歴史だ」という感想をもらったことがあります。わたしの光りの当て方によって、過去が現代の人に新しいものとして届いたと思うようになりました。

心がけ44 みがけば輝く原石を見つける

 駆け出しの記者の原稿をたくさんみました。焦点が定まっていなくても、面白そうな部分があれば7割は完成だと思っていました。「ここを書けばいいんじゃないか」と指摘しました。面白そうな部分はなくても話を聞いていると、面白い部分が出てきます。「そこを書けばいいんじゃないか」と助言しました。
記者はいろいろな角度から取材し、いろいろな質問をしているので、たくさんの情報を手に入れます。その中の何を書くかという判断は、駆け出しのうちは容易ではありません。わたしもそうで、書いた原稿全体を書き直してもらったことが幾度となくあります。上司としてのデスクは、取材していないがゆえに、全体を見渡すことができ、面白い部分を感じることができます。たくさんの人へ、いくつものテーマでの取材をしてきた経験によって、全体状況をつかみ、ニュースの価値を判断する力が身に付いています。
面白そうな部分というのは、みがけば輝く原石です。どんな不完全な原稿を読んでも、そうした原石があるかどうか、それがどんな小さなものでもあって、あるかないかを直感するようになりました。原石があるのに、それをみがかないのはもったいないです。さらしな堂では、みがいて形を整えるお手伝いをしています。

心がけ43 「聞き書き」という作文

 新聞記事には人の話を聞いてまとめる「聞き書き」というスタイルがあります。よく目にするのは、著名人に来し方(半生)を語ってもらったり、その分野の専門家に一つのテーマで語ってもらったりするものです。わたしは、その人ならではの面白い言葉や面白いエピソードの断片をノートにメモすることを心がけました。テープ(IC)レコーダーを持参しますが、再生するのは多くは内容の確認やその人ならではの言葉の調子が中心で、ノートにメモ書きされた印象的な言葉やエピソードの断片をつないで再構成することが多かったです。まだ、記憶が濃いうちだからできたと思います。
語ってもらったことには、細部や事実関係の確認が必要なこともあるし、複数人への取材結果をまとめる記事と違って、その人が語った内容のエッセンスの全面的な紹介なので、できあがった原稿をご本人に読んでもらってOKを出してもらうこともよくありました。
来し方(半生)の聞き書きの場合は、長い時の経過があるので、いつのころの何を記事にするか、いろいろな角度から質問し、絞っていきます。著名人は過去資料があるので、ある意味で簡単ですが、資料があまりない人の場合は、結構大変です。何を記事にするか、テーマのようなものが定まれば、あとの作業は、印象的な言葉とエピソードの断片のメモ書きと基本的に同じです。まとめ方は時間順に書いていきがちです。有名人はそれでもいいかもしれませんけれど、知名度がない人の場合は、順序を工夫する必要があります。
聞き書きをしたい相手がいる場合は、語ってもらった内容をどのくらいの文字数でまとめるか自らに制限を課した方がいいと思います。無制限だと質問もテーマもなかなか定まらず、終わりが見通しにくいです。見通せないのはつらいです。

心がけ42 書き直すのは難しい

 一度書き上げた文章を書き改めるのは難しいことです。自分ではそれなりにと思ったものであれば、余計困難です。新聞記者を目指して受講したカルチャーセンターの作文講座では、1000字ぐらいの文章を何本か書きましたが、先生の赤が入るだけで、書き直しは指示されず、自分でも書き改めませんでした。というか、書き改めることはとてもできないなあという感じでした。でも、文章作法の指摘以上に「ここはいい」というような先生の感想が励みになりました。
 駆け出しの記者のころは、デスクの書き直しが当たり前でした。全部、デスクが書き直すこともよくありました。うまく書けていないと内心思っていたので、癪には障りましたが、出来上がった原稿がよければ、文句は言えないというか、感心しました。
 伝わりやすさの観点からは点数が低いかもしれませんが、書いたその時点の自分らしさという観点からは、書き上げたものが100点です。その時点での自分らしさと書きたいことの伝わりやすさは、優劣はつけられないと思います。
 伝わりやすさの観点からは不十分かもしれないけれど、第3者の指摘にうなづけるところあれば、その文章はとりあえずそのままにしておいて、次の文章に生かすという方がいいかもしれません。書く数を増やしていけば、かならず上達します。ある時点で、あれを書き直してみようかと思うことがあるかもしれません。