さらしなの歌

 野の景色など、さらしなの里の魅力を短歌にしています。随時掲載。2022年冬から23年春にかけて作った歌を編集して、フォト歌集「ひかりのキャンバス」を発行。

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富田久留里展「不知灯(しらぬひ)」
@長野県千曲市土口のart cocoonみらい

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人などは微塵のごとしさらしなの里の走者よ冠着をみよ

白壁とみどりの亀のあかりとり嗚呼モダニズム姨捨駅の
白き身に赤き頭をのせ亀まとう姨捨駅の千年万歳
さらしなの月の光のあまねしは姨捨駅舎その白よりか

国宝となる平安のおみな編む更級日記われらの里名 (藤原定家書写「更級日記」国宝に)
人と物、ことなりわいをかがやかす舞台なるもの土地のよび名は

のぼる日をまといくじらと小魚いて雲の海とはこういうものと

もののけは夜をとびかい日のさせば魂(たま)となるものガメラとなるもの

秋さむの土手にぬくもりほしければ掴むビロードモウズイカの葉

何羽かは強きながれに退けど前をみつめて身をまかせおり

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泥水をかぶる石たちひあがれば白玉としてそれぞれにあり

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あの月は信長秀吉家康の眼にもあり流るる涙  2022年11月8日 442年ぶりの皆既月食

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みひかりをまとい豆たち熟すなりただひたすらに叩かるを待つ

羊羹のスライスのせたり電熱線引きし田もあり嗚呼ふゆ支度

求めるは魚か砂利かそれほどの違い晩秋千曲の河原

豆がらはひたすら枯れて風ふけばからからからと大合唱す

千曲誉(ほ)む万葉歌碑の主導士の集なき千曲を名乗る自治体

日本の最古の獅子舞さらしなの縄文村に精霊おりて

おんふもと字を当てし人見事なり御麓(みろく)区の向こう浄土とおもう

捨てられた姨の数だけ捨てた子をさらしなの秋草露に見す

しみ作る日差しをあびるガラス器の放つ光りをひとは楽しむ
桑の実は絨毯として吾の足の衝撃を吸い道染めにけり
わが髪をひろえば浮かぶ白猫のチビの遺髪のあまたありしを

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追い風か向かい風のみの堤防に少年老いて横風を知る
交わればひとつ生じる逆流も円を描きて大きな流れ
天下る鳴る神のみち切っ先のごとく山河はほのかに血の香
海辺より帰り川原に立つわれの鼻孔に残るう潮のかおり

切り口は窓外にあり茶とともにたしなむ虎屋の新更科を

はじまりはここに家あり国じゅうに信濃を歌いたき子育てり

鬼籍入る猪木氏われは半世紀前に触れたり闘うからだに
異なるを相克したる先駆けは猪木寛至氏われの十代
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斑点がまなこに見えて白雲はやがて成りたり牛わがえとの

道場に下がる太なわ我がからだぶら下ぐのみの高校一年
なわ上りぶら下ぐのみのわがからだ一年ののち乗り物となる
かいなのみの力にあらず全身の引き締まりにてぐいぐい上昇
のぼり詰め見えしは景色畳へと降りる自己への肯定感と
さらしなは石垣であるほどけない月の都は石ひとつなり
月の都みなが唱えばおのずからさらしなが照るさらしな照らす

麦畑(むぎはた)の畔を払えばこんがりと焼き上がりおり厚切りトースト

眺めてるうちにすがしくなる雲は冠着の上(え)に長居をしてる

眺めてるうちにすがしくなる雲は冠着の上(え)に長居をしてる

記念碑は白き光りを一面にあびて黒ぐろその意思示す

姨捨の棚田をのぼる子どもらのさえずり風が二千にわたす

蓄えし時間が身体(からだ)空穂氏の晩年詠の生まれし身体

就職に実篤の詩を読みし吾(あ)が「この道より」の書に遭う定年

白米のまろみうまみを予祝するごとく水張る姨捨棚田
植うるるを待つ尾根筋の水張田この景色こそ姨捨棚田

お長谷(おはつせ)の媼いいけり冠着のてっぺん指して「神のおわす」と

五加戸倉それぞれの村と合併し戸倉町となる更級村は
戸倉町は隣接市町と合併し千曲市となり信濃のハート
千曲市の半分はもと更級郡 信濃の心臓三段論法で
さらしなは科野より「しな」いただいて土地の意思をし閉じ込めており
埴科郡を頂く坂城いつまでも科野の末裔絶ゆ兆しなし
マツコ言う群馬ラーメンすくい上げさらしなそばのように白いと

存在は宇宙とつらなる冠着のふもとに念ず平安人は

美しのみ高原(みたかはら)にて背を倒す地球の芯に届いた心地

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冠着の登山道掃き下りくれば新車に青き若葉一枚

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山の神まつる社の屋根きずは大学生の鎌研ぎのあと
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反対の意味でなきなり光かげ平等院と10の関係
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善光(よしみつ)の寺の近くで叔父父の善教善胖(よしのりよしひろ)吾の名を決めし

更級の郡庁ありし塩崎が長野市にあり千曲市になし
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冬来れば雪の装ひしとやかに母を偲ばすかむりきの山 長野県麻績村の渡辺坦平さん(故人)の歌

綿半を出づればそびゆ冠着は「見あげよ」と言う綿半また行く

山の端(は)にもち月あれば湯をわかしいそぎ雪見ぞ雑煮をしめに

ふる雪の結晶おなじ形なくあまたの白きミニ宇宙船
角のあるゆえに真白しふる雪は「まるくならずもよし」と言ってる
たまたまの気象のなかを落ちてきてつながり結晶六花となれる
はじまりの結晶おなじ形して地に降りる雪おなじものなし
六角の砲弾形に生まる雪衝突しながら六花となれり 
天空で生まれし雪の結晶は触れ合いながら六花にそだつ
手のひらに落つる雪ひら順番に白を埋めこむ「なれ清まれ」と
にび色の空を見ていて思うのは雪ふりたまえ降りたまえ雪
豊年のきざしと雪がいわるのは幸としらべのおなじゆえ説
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古峠
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春さがし山
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さらしなの湯
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12月31日
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12月21日
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上総国の国分寺へとつながれる駅よりの道「更級通り」

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千曲市出身の日本美術院同人、日本画家の倉島重友さんの新作を見て
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川沿いの店
わが生まれ育ち四十年(よそとせ)離れしもかまえは今も大谷商店

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ビューライン
千曲川西堤防を走るわれさらしな一望ビューラインなり

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たいこう
松代の騒動起こす元凶とされし大幸ふるさと踏めぬ

たいこうと呼ばれし人はのちに知るわれと同姓大谷幸蔵

同姓であれば余計に知りたくて墓所なる古碑を手がかりにせり

焼き討ちにあいて畑のままなるに更級中学けんせつされたり

校庭の一角大き碑のありてわれの遊び場上り下りして

明治なる戦略産業養蚕は大幸浜にて大商いす

蚕界の偉人と吉田が揮毫せし戦後に大幸本になりたり

帰られぬ大幸のあと我たどり横浜仙台たずねたりけり

末裔は大幸のこと知りたいとわれ渡したり「蚕界偉人」

冠着十三仏(かむりきじゅうさんぶつ)
峯を落つ大岩ほとけに見たてたる修験者おりし冠着坊城(ぼうじょう)

明治なるふもとの村の地図の上に十三仏あり里びと復す

十三の仏は死者を浄土へとみちびく仏さま順じゅんに

冠着の峯ちかくより里に下る寺の住しょく仏名をあたう

十三の大岩不動釈迦文殊普賢に地蔵弥勒に薬師

さらなるは観音勢至阿弥陀如来阿閃(あしゅく)に大日虚空蔵菩薩

平(たいら)
善光(よしみつ)の寺の平の南端の冠着にある坊城平(ぼうじょうだいら)

峯あおぐ修験(しゅげん)の坊が立ち並び下ればそこに扇平が

戦後なる復興たくし里人は扇の名えて歴史たがやす

万代(よろずよ)にしげる万の言の葉の一葉われはさらしなに在り

児を抱(いだ)く姿の岩と見あぐるに打たれて刺さる太き大釘

うづらもち
川原がすみかでありしうづらたち宮を飾りて災いふせぐ

もち食めばさらさらすべすべ身もこころ詣でしときはうづらやの茶屋

ナウマンゾウ歩みし道なり千曲川月の都の地盤をかたむ

御麓(みふもと)と書く山里に日はしずみ久露と書くたき黒滝となる

中秋
日本の遺産となりてさらしなの月はればれと舞台にあがる 

日本の遺産となれるさらしなの月おくゆかし見えては隠る

9月21日
夜の棚だ月影吸いてま黒闇ここにおわせり大日如来

平和橋
平和橋 映画「ビルマの竪琴」に DVDをアマゾンにかう

木橋の平和橋なり川むこうの高校通い路車輪のひびき

両岸は田畑のみなり西先のお八幡(はちまん)さんへの道なりし

僧えんず中井貴一の光背としてそびえたり冠着山は

ふたたびの戦争のなき願いこめ名づけられしといまに知りたり

日本遺産
二度目なる東京五輪のはずの年千曲市認定「日本遺産」と

認定のタイトル「月の都」なりその名は千曲さらしなでなし

おぎなえぬ戦略しっぱい戦術で先達われにあうなり言いき

千曲という市名を照らすはずなのになぜさらしなを使わぬかしこく

さらしなは戦略であるしばらくは月の都を戦術とする

二〇二〇
首都の五輪にどめのはずの二〇二〇 月の都は日本遺産に

大きなる望月二つ照らす年 月の都は輝きませり 

冠着例大祭(7月28日)
いただきに一夜籠もりて冠着の精霊にあうさらしなびとは

7月26日
たっぷりとゆったり曲がるちくまがわ冠着峰にホタルとながむ