さらしなの歌1

 野の景色など、さらしなの里の魅力を詠んだ短歌です。2022年冬から23年春にかけて作った歌を編集して、フォト歌集「ひかりのキャンバス」を発行。

更級の子らは来た道ふりかえり冠着に吠えすすんでいった

月の舟明けの明星しるべとし千曲の空を安心航海
たっぷりのお日さま吸った土たちはかきまぜられてチョコのエクレア
たくさんの野草が空をめざしたが這うもの天にもっとも近い
月が出てお日さまのぼる峯と聞く それなら空を泳いでいこう
冠着はのろしをあげる天たかく何を知らすか震災百年
峯のみち近道なのはわかるけどまだ暗いから気をつけてゾウさん
さあ月を楽しむ山の頂上に着いたぞまずは腹ごしらえを
冠着にモスラが来ればおれもだと鏡台山にあらわるゴジラ
早起きのくまの親子の散歩道よくきたなあと迎える鳥たち
帰ろうかお日さま上ってきたからな真夏の夜を遊んだ雲たち
ひと雨であればたたずむ余裕あり虹の足もと探しておりぬ
西山におおきな鼓の音がしてお盆のような青花火咲く
お日さまがのぼって来たぞさて今朝はどの葉で寝るか思案の二匹
骨と骨の並びがずれている所あるから痛くはないですか
青い目のモフモフ犬が現れて去るか去らぬか考えるさぎ
この桃は特別な人のためのものお盆の前のさいごの一つ
堤防のこちら側には四車線バイパス計画できて半世紀
降りぶりがとてもひどくて窓開けて待っているけど入らぬかえる
子どもらが来たのであれば速度上げ28号グーで迎える
子守歌そろそろ終わるときがきて楽譜に月がピリオドを打つ
あぜ草を払ったあとの雨上がり しっとり抹茶のひと切れケーキ
補助輪がとれて何年たったのか両の脚伸び見ている遠くを
神の木のりっぱな根張り集落の全部の家の下までのびる
なだらかな峯の坂みち東山 月はのぼってよく転がらず
たっぷりの水をふくんだ朝もやは月の舞台を磨き上げおり
ごみ詰めて投げて楽しいひとがいる代金五円支払ったはず
破れ目の修復おえた芝草に芽ばえた向こう側までの野心
この国のひまわりの木の葉かげではかえるが憩うほどの湿潤
草とりを終えて休憩冠着はいい眺めだなあと緑の子たち
図鑑にも載るものばかり土手道のわきの空き地は神の寄せ植え
全身で強き川風うけ流しやなぎはついに川原の王者
若宮が導き入れた千曲水 里をめぐって稲株ふとる
川原からさえずり届くけさもまたカッコウ里の夜明け告げ鳥
すずめらも気づいて声を上げるほど集中してるおとなしのさぎ
雨ふりのあとは楽しい水たまりもっと奇麗な世界がありそう
天と地の反転かきまぜ立つ香り鳥たちきては無心に食事
この花はひとつはかなく咲きはじめ立つ足もとは細く強靭
この野ぐさのもともとの名は犬っころ草 唱えるエノコログサとなるまで
けさもまたあいつはスマホをさしだして撮ってるモデルになってあげます
うたい終えみんな眠りについたなとかえるの気持ちになってお日さま
浅草の高層タワー知らぬのに冠着見たいとこんなに高く
雨ぶくろ耐えきれず穴あいたかのように来るこの気象現象
災害級豪雨のあとのこの青さ景色にはみな意思があるという
この空のどこかを進み少しずつおなかとからだを大きくする月
育ちゆく早苗の立つ場は固まって入ってくるものみな早苗色
窓開けても朝の日を浴びて温かく全身あずける窓柵蛙
雲の間の大気の絶妙前にして生太陽が姿を見せる
あさの日が入る早苗田お気に入り燕はきょうの身なりを整う
冠着のそびえなければ気づかない生まれたばかりの赤子の月は
ふるさとの景色吸いあげ実りたち遠き縁者の胃袋に入る
お日さまは月とおんなじ大きさだ 太陽系の配置が浮かぶ
ぬかるみを普通に歩く黒鳥のように広げる自分の指を
早苗もう育つだけなり強き風しなやかに受け流せる根張り
ほんのりと顔を赤らめ隠れてる小梅青梅そのみずみずしさよ

耳元の真夜のかえるの子守歌早苗よく寝るよく育ちゆく

少年の手と口染めた桑の実の道あり行けば赤の絨毯
きょうこのひ早苗迎える水張り田 赤の水引朝日の祝い
一年に一度限りのどろ風呂の浸り全身くまなき潤い
雨なかのひたすらの立ち撮りたくて開ければ手ぶらで飛び立つさぎは
土と水まぜ合わせればクリームをのせたポタージュ滋養のスープ
たっぷりの水をたたえて水張り田うごかぬ明けの空をうつして
軽井沢の志な乃と名のあるそば処味わうさらしな舌と耳とで
昨夜から一滴ずつを預かって田おもて移ろう光りのキャンバス
朝の日の燃えるを両の目み開いて見つめつづけて動かぬだるま
お日さまの通る道あけのぼるのをみんなで待つ雲きのう大雨
ひとつだけ水にひたっている田んぼ すべての光りここをめがけて
山手線大塚駅よりふるさとの山をながめて勤めし日々よ
月が出る峯に生まれる雲たちよ月都(げっと)の産をあまねく誇れ
いくつもの風があること雲たちが見せて大きなふるさとの空
野の道を通学路にしてゆく少女そよぐ麦の穂整う今日が
天候を味方にせよとわがからだ帯状疱疹巣食わせながら
お日さまは悲しい宿命その姿さえぎりありておぼろに見せる
たくさんの夜を見てきた野良だからそろそろかもと月の出を待つ
食べたきはゆでた青菜にたっぷりのたまごソースの春のテリーヌ
少年の大人にかわる声たちを風が運んで木草がゆれる
水たまりあれば冠着磨かれた自分のすがた映しておりぬ
この春の土手の支配者そのなまえ弱草藤と弱の字を持つ
この時代いまと変わらぬ人のかず下るを急ぐ山の民たち

命かけ道を横切るそのわけを聞くを許さぬけむしの走り

野の草のさえずり楽しヒト科との共演その名はCBB
羽ばたきの大きさ耳を澄ませれば小さきものは光りの玉よ
冠着とわが店の月向き合えばなんと多くのひとの行き交い

求愛の競い合いだと知らずして拗音濁音駆使する六十路

あの山のてっぺんに神いなさると言いし媼(おうな)は仏となって
野良でさえ立ち止まらざるをえぬ月を野良写そうとして知る不覚
いちどでも顔に見えれば連れてけと新たな世界もとめる子石
良い香りとっても甘い蜜あれば出口はあとに考えること
月の道ふき清めたい北風に合い間もいいと雲はゆずらず
はじまりの冠着の石うづもれて果樹の根が知る仙石のさと
置く場所を決めればそこに現れる異世界の窓あけて楽しむ
千年の大時空間その中のひとこまとなり浸るすがしさ
あまりにも陽気よければ掘り上がりもぐらは爪を隠すを忘る
過ぎたるを蘇えらせて新しき過去とう夢を世阿弥はみせり
季の実
万象の光りをまぜて清流はとどめず色を冬の日ぐれは
暁闇の星のすごさよわが頭じょう北斗七星五十年ぶりの
凍て土に伏してうわ目にわれを追う野良の眼のたじろぐ強さ
ふる雪のさまを聞かんと帽とれば聞こえてきたりわが体内血
落葉の杏の幹は黒極め季の実の紅をたくわえており
日の差せば温もり好きの猫がきて切り株の身と一心同体
さらしなの砦としての学び舎と思うときあり扇状の里
わが店に小鳥よくきて見送るに窓辺におちて動かぬ小鳥
山越しの巨神鉄人28号を見つけて始まるひと日
雨だれを集め雪畑いくつものお日さま入れるセルつくりたり
日だまりは去れども野良はたおやかに大きなおなかと一緒に眠る
武力なる行使をせずに去りゆきし野良はおなかを大きくしおり
首背なか脚こし伸ばしその筋にたっぷり見せる冠着山を
それぞれを灯らせ居場所きわ立たせ「あとは知らぬ」とお日さま隠る
香ばしきにおい立ちたり練られいて温かそうでうまそうであり
新しき道ははたけの土のけて砂利土砂いれていかにも固し
はごろもにお迎えの舞い音曲にあまねし天の大時空間
寒夜ゆえとどまれず降る星ありて輝き足らぬと光れり朝も
灯油燃ゆ赤き炎を両の手に受けとめ芯を温めりわれの
見つけたりじょじょにしか首起きなくていずこにもある空の大きさ
ゆえあってさらわれ波にしごかれて極むすがしさ落日あびて
子ら上げてふるまいくれしおばさんは娘(こ)のすむ都へ笑顔で行けり
甘からくしょうゆをとけば待つのみのねばり気のあるはかなき破裂
二十年待てれば朽ちず人気ある物件なりしかむりきの里
夢おおき平安少女の晩年のわが地に寄せし夢かなえたき
この青きすがしみ空に吾娘(あこ)を乗せともに歩みし堤防くだる
定年いち年

職ひいて閉めていたりしふるさとの店を根城に残りを生きる
田の中にありし店なり台風の過ぎりに客のおしゃべり楽しき
停留所に張られし映画のポスターの厚みおとなの世界の入口
希望にはかなしみそえり朝明けをうつす六月梅雨水張り田
田鏡はうつせり万物日をあびて成長するを早苗のねづく
捨てられぬもの売れ残り苦労という母の付加価値ついているらし
読みふけり母はほこりのにおい濃き封書をわれに「汝が持て」と言う
さけ咥う熊も老いたり木はだ透け円きまなこの古りし置物
扉のあかぬ置き時計なる秒針に電池の精のすべてがそそぐ
捨てることでその在りしことまざまざと浮かびまもなく消えてゆくなり
躊躇せりグーグルアースにふるさとを動かしおれば見てはいけぬを
目の前をゆく人は元すご腕の検事なるかもラーメンすする
まぐろなら吾が好めるは赤身なりづけもうまいぞ浸かりし時間
はがねなる網の入りたるガラス窓世界は一つひとつでできる
笑点を見ずにいたればラジオから岡村孝子の代表曲くる
越後より上るに源流はるかなりまずは信濃の平が迎う
高きへと流るる用水あるを知りわが体内の血液いとおし
わが生地さらしなである都人歌に日記にその名あこがる
人のへる国なればとは思いつつ更級郡の消滅かなし
完成はしたらつまらぬ打ちこめぬ「敗者さらしな」言の葉見つく
散りぎわに眺めたきものさらしなの種のまかれし四方に千里
極楽と唱えてひと日しめくくるゆ浴みをのぞむ朝(あした)のとこに
返納に老い父乗せるわが車おそわりし道ゆく通学の
ゆく電車その定義もし問われれば一つ答えは手をふらすもの
願わくば無理の余地あるわがからだやかんに徳利夕べに落とし
過去時間のたまり場にして行きわたる身体にすべく柔軟もする
書けぬゆえ捨てんとしたる鉛筆は9Hとぞだれが買いしか
ためおけば捨てられる物おしまずに見せて使って記憶の風に
渡月橋わたりきる子の言葉なり「振り返らずにいるは難し」と
わがなすを三十年後はごみとして捨てよ子どもらここは古る里
冠着の古き峠にかかる月みやこびと見し峠に里に
人などは微塵のごとしさらしなの里の走者よ冠着をみよ
水張り田一つ水面はひかり居て暁闇のさと黄泉の入口
くねりたる野の道五十年たてど変わらず別の世界への道
流れゆく水面の明滅みておれば光と影は同義語である
見つけたり徐々にしか首起きなくていずこにも在る空の大きさ

白壁とみどりの亀のあかりとり嗚呼モダニズム姨捨駅の
白き身に赤き頭をのせ亀まとう姨捨駅の千年万歳
さらしなの月の光のあまねしは姨捨駅舎その白よりか

国宝となる平安のおみな編む更級日記われらの里名 (藤原定家書写「更級日記」国宝に)
人と物、ことなりわいをかがやかす舞台なるもの土地のよび名は
のぼる日をまといくじらと小魚いて雲の海とはこういうものと
もののけは夜をとびかい日のさせば魂(たま)となるものガメラとなるもの
秋さむの土手にぬくもりほしければ掴むビロードモウズイカの葉を
何羽かは強きながれに退けど前をみつめて身をまかせおり
葉を落とす峯の木ぎをし焚きつけて上がり場しらす晩秋月は
泥水をかぶる石たちひあがれば白玉としてそれぞれにあり
いち年の収穫祝ういろいろの餠たちおはぎさくらにきな粉
わたくしも葦であるなりパスカルの言の葉ふいにわがうちを舞う
みひかりをまとい豆たち熟すなりただひたすらに叩かるを待つ
あの月は信長秀吉家康の眼にもあり流るる涙  2022年11月8日 442年ぶりの皆既月食
羊羹のスライスのせたり電熱線引きし田もあり嗚呼ふゆ支度
求めるは魚か砂利かそれほどの違い晩秋千曲の河原
豆がらはひたすら枯れて風ふけばからからからと大合唱す
日本の最古の獅子舞さらしなの縄文村に精霊おりて
おんふもと字を当てし人見事なり御麓(みろく)区の向こう浄土とおもう
捨てられた姨の数だけ捨てた子をさらしなの秋草露に見す
しみ作る日差しをあびるガラス器の放つ光りをひとは楽しむ
桑の実は絨毯として吾の足の衝撃を吸い道染めにけり
わが髪をひろえば浮かぶ白猫のチビの遺髪のあまたありしを
暗雲も貫きゆけばそこにある四方に遥かな光りのそそぎ
切り口は窓外にあり茶とともにたしなむ虎屋の新更科を
はじまりはここに家あり国じゅうに信濃を歌いたき子育てり
追い風か向かい風のみの堤防に少年老いて横風を知る
交わればひとつ生じる逆流も円を描きて大きな流れ
天下る鳴る神のみち切っ先のごとく山河はほのかに血の香
海辺より帰り川原に立つわれの鼻孔に残るう潮のかおり
鬼籍入る猪木氏われは半世紀前に触れたり闘うからだに
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猪木氏の月の都の月をみて吠える言の葉聞きたかりけり
西の地を治めて仁科と呼んだのか科野の子地名ここにもあった
名月の上る舞台はシャワーを浴び磨きをかけて中秋待てり
その中を高速道の隧道の行けば呼びたい「一本松山」と

大崩壊三十万年前にあり二みね従う三峯山は
原始なる三峯山の大崩壊棚田の土は幻のみね

山中に衆生の標本あまたあり大魚もおりし聖博物館
退くは我れのほうかと思えども黒鳥羽ばたき白鳥となる
七色は見えない虹も夏だからプラムマンゴーメロンクリーム
納屋に寄り過ごさんきょうは天と地をつなぐ極太雨の御柱(みはしら)
ため池の浮葉の群れが鉄塔をプリマの脚にかえる夏の日
姨捨の棚田を鳥の目で見るを憧れさせる能登千枚田
ずんぐりとむっくりと呼びひと日終う左べんとり右どうの山
それぞれの葉ばに飛翔の翼あり川風ふけば始まる羽ばたき
あの枯れ木だらけの畑にたくさんの桃を実らすザリガニ爺さん

万物を生かす聖水わきだして尽きることなく嗚呼お種池

閉村の式に幕上ぐむら長の碑の言の葉に蜘蛛の糸伸ぶ
苗に跳び上がれど浸る尾びれ見ゆこの生き物はかえるか蝌蚪(かと)か
屋根つきの場所見つけれどわれを知る野良のまなこの避難態勢
崩壊し滑り落ちたるその土の青あお見下ろす三峯山(みつみねさん)は
この夏もカブトエビたち泳ぎおりまさか湯の中およいでいるとは
麦畑(むぎはた)の畔を払えばこんがりと焼き上がりおり厚切りトースト
水口(みなくち)のにぎにぎしきに近づけは群るる蝌蚪(かと)たち光の白玉
道場に下がる太なわ我がからだぶら下ぐのみの高校一年
なわ上りぶら下ぐのみのわがからだ一年ののち乗り物となる
かいなのみの力にあらず全身の引き締まりにてぐいぐい上昇
のぼり詰め見えしは景色畳へと降りる自己への肯定感と
さらしなは石垣であるほどけない月の都は石ひとつなり
月の都みなが唱えばおのずからさらしなが照るさらしな照らす
眺めてるうちにすがしくなる雲は冠着の上(え)に長居をしてる
記念碑は白き光りを一面にあびて黒ぐろその意思示す
姨捨の棚田をのぼる子どもらのさえずり風が二千にわたす
蓄えし時間が身体(からだ)空穂氏の晩年詠の生まれし身体
就職に実篤の詩を読みし吾(あ)が「この道より」の書に遭う定年
白米のまろみうまみを予祝するごとく水張る姨捨棚田
植うるるを待つ尾根筋の水張田この景色こそ姨捨棚田
お長谷(おはつせ)の媼いいけり冠着のてっぺん指して「神のおわす」と
五加戸倉それぞれの村と合併し戸倉町となる更級村は
戸倉町は隣接市町と合併し千曲市となり信濃のハート
千曲市の半分はもと更級郡 信濃の心臓三段論法で
さらしなは科野より「しな」いただいて土地の意思をし閉じ込めており
埴科郡を頂く坂城いつまでも科野の末裔絶ゆ兆しなし
マツコ言う群馬ラーメンすくい上げさらしなそばのように白いと
存在は宇宙とつらなる冠着のふもとに念ず平安人は
美しのみ高原(みたかはら)にて背を倒す地球の芯に届いた心地
千年のときを蓄う更級の社宮司の地の六角木幢(ろっかくもくどう)
花のみつ千曲河原の木木の名をニセアカシアとよぶかなしさよ
冠着の登山道掃き下りくれば新車に青き若葉一枚
神の山かむりきという名でありて入口にある冠着大学
山の神まつる社の屋根きずは大学生の鎌研ぎのあと
その下で生きのぶ知恵と知識をし学ばす大松逝きたりついに
冠着のふもとの里やま堂の山水辺ちかけば猛禽好む
とっぷりと照らし円月西山にしずみきょうから欠けてあらわる
新橋(にいばし)のかたえの廃道行きたればああ架かり居し赤き鉄骨
そうとしか思えぬ連れ犬眺めてるあんずの花を歩みてはとまる
阿と吽(うん)のたぎる熱量その腕と足をはう血の管へびのよう
お彼岸の高速行けば横雲は白くおおきな翼のはばたき
みどり生う春畑の舞いおみならはシンクロなして桃実らする
故あって生れし白雲そらを駆け孤独のランナー風神の舞い
わが生まる十年前に描かれし少女に似る吾娘(あこ)あす二十八
魅力ある獲物あるらし雪したのジャンプのあとの春待つきつね
東山こよいの月はいずこより事務所の厨(くりや)に温む酒を
燃えはじめ燃えひろがりて山の端は月が生まれる闇がきわまる
吾(あ)と母の名を一字ずつ善光寺とりておわせり寄れば見上げる
善光(よしみつ)の寺の近くで叔父父の善教善胖(よしのりよしひろ)吾の名を決めし
綿半を出づればそびゆ冠着は「見あげよ」と言う綿半また行く
山の端(は)にもち月あれば湯をわかしいそぎ雪見ぞ雑煮をしめに
更級の郡庁ありし塩崎が長野市にあり千曲市になし
ルビなくば読めぬ人おり千曲市と冠着つけずもよき日いつ来る
ふる雪の結晶おなじ形なくあまたの白きミニ宇宙船
角のあるゆえに真白しふる雪は「まるくならずもよし」と言ってる
たまたまの気象のなかを落ちてきてつながり結晶六花となれる
はじまりの結晶おなじ形して地に降りる雪おなじものなし
六角の砲弾形に生まる雪衝突しながら六花となれり 
天空で生まれし雪の結晶は触れ合いながら六花にそだつ
手のひらに落つる雪ひら順番に白を埋めこむ「なれ清まれ」と
にび色の空を見ていて思うのは雪ふりたまえ降りたまえ雪
豊年のきざしと雪がいわるのは幸としらべのおなじゆえ説
雪ひらに入りこみたる音たちは居心地よくて出るを忘れる
しづもりに床出で窓を開けたれば雪畑たかくとんびの舞えり
キョエちゃんかカラスかまよう冬枯れの岸辺にぎやかまあよく似てる
あらしなは何のことかとわがシャッター喜びくれし人は逝きたり
わが育つ店のシャッター十年ののちの引きあげ足もと光る
「歴史的事件」と歴史家更級郡きえるに言いて歴史にのこす
新市名「更科」「千曲」があらそいて千曲に軍配きん差であがる
郡として消滅あらたな市名にも選ばれずなり敗者さらしな
土地の名は戦略である新市名「千曲」は戦略の失敗である
山越えの案内板に「更科」とあれば坂道たのしからんに
平安の「更級日記」のさらしなは信濃の国の更級である
いち年の土のしごとの総括を新雪みせてふゆは深まる
雪下りて舞台はしろく整えり さああらわれよさらしなの月
さむければ釜あげうどん白きなるゆだりすくいてつゆにひたして
手をつなぎ歩く親子を描(か)きながら「自転車道」と呼ぶ不整合
雪片に入りこみたる音たちは居心地よくて出るを忘れる
朝の日をはじめにあびて冠着は里人の目に光りとどける