「さらしな」という地名の超ブランド力を知ったのは、古今の和歌や俳句を読んだことからでした。さらしなが詠みこまれている句歌、姨捨や姨捨山など関連の地名、言葉が入っているものというように項目を立てるなどして、いくつもノートに書き写しました。そうしたことが影響していると思います。自分でも句歌を作るようになりました。
最初に作ったのは俳句です。作家の田中康夫さんが長野県知事に当選した2000年代初め、長野支局に勤務していたときでした。記者が集まる長野県庁の部屋には何社もの新聞があり、俳句や短歌のコーナ(俳壇、歌壇)でいいなと思ったものは取材ノートとは別に、胸ポケットに入る小さなノートに書き写していました。
着任して1年目の冬、善光寺の上の往生寺地区の仮住まいに、長ぐつを履いて長野県庁から坂を上って帰るときでした。細い路地がいくつもめぐっているところで掃かれていない雪もありました。グッ、ギュッといった雪の踏みしめ感が、脚やおなかを伝わって脳みそに心地よく届きました。東京では雨が降っても長ぐつを履くことはめったになく、雪が降ることもまれでした。
20年ぶりの確かな雪の踏みしめ感だったので「長ぐつの底が楽しい雪の道」という句を作りました。この思いと表現は自分以外の人にも伝わるか知りたくなり、信濃毎日新聞の俳壇に投稿しました。堀口星眠さんの選に入りました。「俳句っていうのはこういうのでもいいんだ」とうれしくて、今もその紙面はとってあります。