学校に通っていたころ作文が苦手で嫌いだった理由は、伝えたいことがそんなになかったからだと思います。特にいやだったのが、読書感想文。感じたことを文章にするという以前に、そもそも感じたことがないのにという苦痛でした。それでも、伝えずにはいられなかったと振り返ることができる「作文」があります。中学で学校から与えられた「生活日誌」帳です。
「生活日誌」には明日の授業内容を書き込む欄の下に、罫線を引いた日記欄がありました。毎日、学科ごとに先生からあしたの授業内容を担当生徒が聞いてきて黒板に書き、清掃後の学活で「生活日誌」に写していました。毎朝、前日の日記を書いた帳面を担任に提出し、学活の前、担任のコメントが赤字で入ったものを、返してもらっていました。
書いたのをはっきり覚えているのは、飼い犬が蚊に食われて、余命が少ししかないと知ったときの日記です。1年生だったと思います。親から聞かされ、数日分のページを使って書いたのを覚えています。実物が見つからず、何をどう書いたか分からないのですが、文章の構成などは考えず「思い」を書き連ねただけです。それに対して担任は「それはフィラリア症」と書いて返してくれました。特に慰めの言葉はありませんでしたが、病名があるとわかったのは慰めになりました。
フィラリア症は蚊が媒介してフィラリアの幼虫が心臓の周りや血管の中に寄生するもので、50年前は、有効な薬が手に入らず死を待つしかありませんでした。犬は外で飼うのが当たり前の時代で、蚊取り線香をたくなどのケアもしていませんでした。
「生活日誌」に書こうとしたのは、犬の死を待つ身になったそのときの「思い」を、とにかく人に伝えずにはいられなかったんだと思います。