さらしなの里(旧更級郡更級村、現千曲市更級地区)に地酒が誕生しました。シリーズ117で紹介したように吉野地区で栽培した酒米を、「姨捨正宗」の銘柄でおなじみの長野銘醸さん(旧更級郡八幡村、現千曲市八幡地区)に委託醸造してもらいました。名前は「吉野乃月」。純米吟醸酒です。
花と月の都の吉野地区
吉野地区の田は、国の重要文化的景観に指定された「姨捨棚田」の南側に連なっています。歴史的には大きな地滑りが起きたことから粘土質の土壌で、おいしいお米ができる条件を備えています。さらに味わいを良くするのが「吉野」という地名です。
吉野という地名の起こりは、天皇が二つの勢力に分かれた今から約780年前の南北朝時代、南朝側の後醍醐天皇の息子の一人、宗良親王が勢力拡大のために当地にも滞在したという歴史的な経緯から生まれたという言い伝えがあります。後醍醐天皇の前の時代は武士が初めて政権を獲得した鎌倉時代ですが、同天皇は鎌倉時代の前の平安時代までのように、天皇を中心とした政権をもう一度作ろうと政争を起こした人で、その拠点が今の奈良県吉野山でした。宗良親王は吉野に拠点がある後醍醐天皇の息子ですから、そのことにちなみ「吉野」という地名が残ったのではという説です(宗良親王についてはシリーズ75など)。
吉野山はまた、桜の花が山全体に咲くことから「花の都」として有名で、神社仏閣を含め世界遺産に登録されています。それと同じ地名が、「月の都」のさらしなの里にあるのです。「花の都・吉野」と「月の都・さらしな」という二つのスーパーブランドの地名が重なる地域でできた米が原料の日本酒です。そうした誇りを込めた名前が「吉野乃月」でもあると思います。
この酒造りのプロジェクトに取り組んだのは、吉野地区の田んぼを共同で管理発展させることを目的にした吉野営農推進協議会の有志21人です。「吉野醸楽会」という粋なグループ名を付けて取り組みました。音楽や芸術文化を楽しむさらしなの里の住民グループ「更級人『風月の会』」(シリーズ61など)メンバーでもある上水清さんや森政教さん、さらに森保美さん、清水隆四郎さんらが中心になり、酒米の美山錦を約26アールの田に植えました。昨夏の酷暑でなかなか収穫は大変だったのですが、醸造の現場を幾度となく訪ね、心を込めた酒造りを心がけました。
米の粒を49%にまで磨き地元の湧水を使い吟醸酒に仕上げました。吟醸とは香りが高い酒のことで、酒米は芯に近い部分の方が、香りがふくよかになります。酵母なども工夫することで作ります。
「吉野乃月」は歌にも
四合瓶(720㍉㍑)に詰めた完成品の、吉野醸楽会への引き渡し式が6月18日、長野銘醸さんの酒蔵で行われました(写真右上)。特に話題になったのが、酒の名前「吉野乃月」の「月」をデザインした文字です。棚田をイメージしたデザインで、中に丸い月が映っています。なにか眠っているというか、気持ち良さように目をつむっている人のようにもみえ見えます。棚田の部分にうっすらと紫色がかかり、味わいが深まっています。
吉野醸楽会のメンバーで現在は転勤のため東京都内にお住まいの西沢和昭さんの行きつけの飲み屋「Banzai酒房くらうど」(三鷹市)のマスター、金尾茂章さんの考案だそうです。金尾さんはバイクがツーリングがお好きで3回ほど、バイクで当地を訪ねてくださいました。人に語らずにはいられないデザインです。
また、酒の名前については吉野醸楽会ではメンバーから案を募りました。たくさん出ました。羽尾錦、吉野誉、永農吉野,棚王…土地の名前や棚田耕作に対する思い入れが深いものばかりです。そんな思いを吉野醸楽会では歌にしました(下に掲載)。引き渡し式では当地の歴史風土にちなんだ数々の歌を作っている音楽グループ「棚田バンド」のみなさんが、酒蔵の中で披露しました(写真右下。吉野という地名の歴史的意味についての歌もあり、その歌についてはシリーズ75)。
引き渡し式後の夜は有志で地元の焼き鳥店「南出水」に集まり、封を切って飲みました。いろいろな感想がありました。「フルーティーですっと喉に入っていく」「ワインのボジョレヌーボーのように切れがある」「新酒が一般的に出回る秋口になるまで寝かせれば味の熟成が進むのでは」…。
今回は全部で約800本つくりました。会員のみなさんが自分で飲むほか、友人知人に配っておしまいの分量でした。今年もすでに酒米の植え付けを終えています。去年より量は多いそうです。吉野醸楽会では来年は、さらにおいしい酒を造り、酒店などでも販売して全国の人の手にも届くようにできればと考えています。
「吉野乃月」はさらしなの酒 作詞:吉野醸楽会
1、棚田の土は強粘土 育てた米は美山錦
できたお酒は純米吟醸 辛い仕事を吹き飛ばす
天酒冠着 羽尾錦
2、棚田の水は 弁天清水 仕込み水は 頭無(かしらなし)
できたお酒は香高く 寂しい心を癒す水
よしの泉 吉野誉(ほまれ)
3、棚田の夜は田毎月 できたお酒は恋の味
切ない心の捨てどころ 棚月見 美月の里
吉野乃月で 泪(なみだ)酒
4、棚田の女は働き者 できたお酒は辛い酒
人世の重荷の杖となり 棚王 棚心
吉野乃月で 二人酒
5、酒が飲みたく なったなら 吉野乃月を 飲めばよい
棚田の絆と伝統と 永農吉野 吉野醸楽
長野銘醸に感謝 さらしなの酒で乾杯!
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