鏡台山から昇る「中秋の名月」をついに見ることができました。背景の空はくっきり晴れ、まんまるお月さん。左の写真はJR姨捨駅で千曲市羽尾地区(旧更級村)在住の森政教さんがその瞬間を撮影したものです。2009年の中秋、10月3日に同駅ホームで開いた「まんが松尾芭蕉の更科紀行」著者であるすずき大和さんのトークショーが始まってまもなく、午後5時3分ごろでした。
さらしな棚田バンド
鏡台山はシリーズ99で書きましたように、北と南の峯からなり、中秋の月はその間の少し凹んだところから上るのですが、森さんの写真を見るとそれがよく分かります。右側、南の一番高い所が南の峯で、すこし切れ込んだ部分が見晴らし台として整備されたところです。北峯は平坦になっており、ここで大正時代に運動会が行われたことも納得できる感じです。
顔を出したお月さんは、まだ日が残っているため餅のように白く淡く、上空に上がるにつれ闇も濃くなって黄色を増していきます。しばらくすると、薄い雲にかかりました。細い雲の帯に透けて見える月も風情があります。さらに上空に行くと、徐々に雲に隠れ姿を消す場面もありました。手前の千曲川や善光寺平の夜景がスパイスになり、お月さんをフルコースで味わった感じでした。
今回のトークショーを、情感豊かに盛り上げてくださったのは「さらしな棚田バンド」(左中段の写真)です。さらしな棚田バンドとは、シリーズ61で紹介した「更級人『風月の会』」のフォークソング愛好家のみなさんで、鏡台山の月を撮影した森さんもメンバーです(写真中央)。姨捨駅を管轄する篠ノ井駅長の竹川清登さんとJR長野支社が今回のイベントに合わせ、お月見列車「さらしな・おばすて芭蕉号」を長野駅から運行してくださることになったので、「さらしなの里ここにあり・姨捨駅編」を作り、それを到着後の歓迎歌としてみなさんに披露してくれました。お月さんが顔を出したのは、そのすこし後でした。
すずき大和さんが当地で芭蕉が大泣きした理由や、「姨捨」は年を取ると抱きがちな悲観的な気持ちを捨てる場、つまり「若返りの里」であると話した後は、ザ・フォーク・クルセダーズの「あの素晴らしい愛をもう一度」などを披露、最後は長野県歌「信濃の国」を、楽器の演奏がない素の声によるアカペラで歌いました。1番の歌詞にある「善光寺平」と四番に登場する「詩歌に詠みてぞ伝えたる」「姨捨山」の箇所は特に心にしみました。音響に詳しい湯原敏光さんが機器を多数用意し、姨捨駅と周辺を神秘的な空間に演出するのに力を貸してくださいました。
晴れ男に晴れ女
それにしてもこの月を見ることができたのは幸運でした。1週間前の天気予報では雨マーク。雨降りを前提に、「雨降りお月さん」(野口雨情作詞))の歌を急きょ、棚田バンドに歌ってくれるようお願いしていました。「さらしな・姨捨」には「十五夜のよいおしめりよよい月夜」という俳人、小林一茶の句があるほど雨振りでも古人は楽しんだことなど、雨もまた一興であることを紹介するため勉強していました。
しかし、2日前には晴れマーク、しかも快晴、夕刻以降は星空マークです。それでもやはり心配です。自分が晴れ男であることを実績を踏まえて強調し、それも理由に東京から参加を表明してくださる方もいらっしゃいました。当日は、ほかにも自分が晴れ男であることを自慢する人がいましたが、この夜、姨捨駅に集まった人たちは全員、今後自分が「晴れ男」「晴れ女」であるといえる資格を得たかもしれません。
月が現れる時刻は信濃毎日新聞の天気予報欄にある「月の出」時刻を参考にしました。月の出は毎日25分ほど遅れ、10月3日の時点は長野市からの観測で午後5時6分とありました。観測地の標高や向かいの山の標高により、少しずつ時刻にずれがあり、姨捨駅からは午後5時3分ごろになったわけです。
翌日の4日は十六夜。すずき大和さんと戸倉上山田温泉の千曲川堤防で月の出を待ちました。姨捨駅では25分遅れて午後5時半ごろなのですが、なかなか上がりません、あたりはすっかり闇。午後6時をすぎると、五里ヶ峯に続く山の端が黄色くなり始めました、10分ごろには黄金色の月が現れました。目の前に上がるので、とても大きく明るさは見つめるのが難しいほどでした。千曲川の水面には月明かりが反射し、月と水の相性の良さを実感しました。
松尾芭蕉が当地を訪ねたのは321年前。「更科紀行」には、随行した越人の「さらしなや三夜さの月見雲もなし」の句を載せています。すずき大和さんが「まんが松尾芭蕉の更科紀行」で描き出した「さらしな・姨捨」の月の真の魅力と、芭蕉を感激させた当地での月見体験の醍醐味が分かった気がしました。
今回のトークショーにご協力いただいたのはほかに、栞の故郷推委員会、千曲市川西地区振興連絡協議会、屋代西沢書店、楽知会、地元の物産店、姨捨駅のボアランティ清掃をしている方、さらしなの里歴史資料館、千曲市役所、更級人「風月の会」などです。心より御礼申し上げます。画像をクリックすると、PDFが現れ、印刷できます。