美しさらしな(5) 水辺の万葉恋歌-多摩川と千曲川

 すがすがしさと躍動感のある「さら」の響きは、古代の人たちも同じだったと考えられる。証拠の一つが、飛鳥、奈良時代に編まれた「万葉集」に載る次の歌だ。
 多摩川にさらす手作りさらさらに何ぞこの兒(こ)のここだ愛(かな)しき
 多摩川は古代の武蔵国を代表する川。手織りした麻布を白くするために冷たい流れに入って、水にさらしている若い女性の姿が目に浮かぶ。その子がかわいくてしかたがないといった気持にあふれている。「さらさら」は、水の清らかな流れと、ゆらゆらと魚のように泳いでいる麻布の様子を想像させる。唱歌「春の小川」の歌いだしの「さらさら」に感じるすがしさ、躍動感と似ている。
 万葉集には、さらしなの里の千曲川を舞台にした恋人同士の歌もある。
 信濃なる筑摩(ちくま)の川の細石(さざれし)も君し踏みてば玉と拾(ひろ)はむ
 千曲川の川べりで多摩川と同じように布をさらしているのか、一緒にいることを楽しんでいるのか。はっきりはわからないが、恋人が踏んだ小石を宝物にして大事にしますと歌い上げている。「信濃」「細石」「君し」といったサ行の音の連なりも、千曲川の風景と男女仲のすがすがしさを引き立てる。
 いずれの歌も作者は不明だが、その土地に住んでいた人と考えられる。今も昔も、水辺と若い男女の相性は良いようだ。この二つの歌を「水辺の万葉恋歌」と呼びたい。