国を救った老婆の「蟻通し」ー知恵の神様として祀る神社も

 以下は、元さらしなの里歴史資料館スタッフの濱田景子さんの文章。当地に伝わる姨捨伝説で、国を救った老婆の知恵の一つの由来を調べたもの。さらしなの里友の会だより22号=2010年春=から。写真は濱田さんが作った姨捨伝説についての冊子

姨捨・説話集samuneiru 「ホラ貝に糸を通せ」というのは姨捨伝説の中の難題だ。ホラ貝以外にもサザエや管(くだ)などさまざまな物に糸を通す難題となって各地に伝わり「蟻通し(ありとおし)」系難題と呼ばれるが、平安時代中期を生きた清少納言の随筆「枕草子」にも記されていることをご存じだろうか。
 昔、都に住む四十歳以上の者がみな殺されていたころ、唐の帝(みかど)が日本を討ち取ろうと三つの難題を持ちかけたが、孝行な中将(ちゅうじょう)の家に隠れていた親がすべての難題を解いた。
 三つめの難題は「七曲がりに曲がりくねった小さい玉に糸を通せ」というもので、親は大きな蟻の腰に細い糸をつけて穴に入れ、穴の反対側に蜜を塗るように言った。中将がためしてみると、蟻は穴を通り抜けた。その後、老人は都に住むことを許され、中将の親は蟻通明神(ありとおしみょうじん)となって祀(まつ)られた、という話だ。
 ちなみに現在、把握できたもので大阪府に一社、和歌山県に二社の蟻通神社があり、知恵の神様として親しまれている。このうち二社は京都と熊野三山を結ぶ熊野古道の近くにあるようだ。平安時代に上皇が始めた熊野詣(くまのもうで)ではのちに武士や庶民に広まり、人々の参詣する様子を「蟻の熊野参り」と言ったそうだ。
 「蟻通し」系難題については、日本固有説と伝来説があるが、「枕草子」よりも古い時代の中国の五、六世紀の殷芸という人の編んだ「小説」という本には、孔子が陳の国で九曲がりの玉に糸をつなぎ、蟻が出なければ煙でいぶせばよいと、桑摘み娘に教えられたと書かれている。
 「枕草子」は唐が日本に難題を出すが、「小説」は陳国の大夫が孔子に難題を出す。さらに七曲がりと九曲がり・難題を解く人物・糸を通すのに蜜を使うか、重ねて煙でいぶすのかといったところが異なるが、蟻を使って糸を通し難題を解く大筋は同じなので、わたしは中国伝来説が優勢だろうと思う。
 さらしなの里歴史資料館では、以上の蟻通し難題を含む姨捨伝説の説話集を作りました。