文・2007年に亡くなった千曲市羽尾4区の郷土史家、塚田哲男さん。さらしなの里友の会だより3号=2000年秋=から。写真は大滝社の湧水
冠着山の諸方から湧き出す清水、何万年もの間、絶えることなく流れ出ているのは不思議極まる現象だ。この山の麓は坂井村と更級の里にわたるが、両地の標高差が三百㍍もあることから、山中の水は更級側に多く流れ出す。更級の里にとり「水を恵む尊い山」となる由縁である。
「こわ清水」は御麓の地に涌き出る泉、近年羽尾区の尽力で石組みが整備され新名所になった。水温は八度。手を切るような冷たさだ。「こわ清水」の名は、この水温と清冽な水の質によってつけられた。ここは千年前、官道の支道が通っていたところで、山を越えた旅人はここに休息し力をたくわえた。
「弁天様の出水」は仙石・湯の窪に涌き出る泉で、水温は一二度。夏は冷たく、冬暖かい感じのおだやかな泉で、弁天様のお名にふさわしい泉だ。水量が豊かなので、初冬のお菜洗いには近隣の主婦が集まって大賑わいであった。
「大滝の清水」は仙石・大滝社の鳥居の下に湧き出しているが、その元は今の社殿の下にあるという。泉の上にお宮を建てたもので、まさに「神様の水」である。
山中にも所々に湧水がある。最も奇観というべきは「樽の口」。山頂近い標高八百㍍余りの石ゴーロに湧き出す泉は山仕事をする人々にとって救いの泉であった。この泉の水が黒滝となる。
清水は降った雨が地中に潜り岩石の合間を抜け、どこかに集まって姿を現したもので、その時間は百年を要するという。ゆえに「水の化石」とも呼ばれる。