シルクロードをテーマにした作品で有名な日本画家、平山郁夫さん(2009年79歳で死去)のことを紹介する番組(テレビ東京「美の巨人たち」)を興味深く見ました。水の流れの白色に命を感じ、それを主題にした絵があるというのです。
絵のタイトルは「流水間断無」。広島市に生まれ育った平山さんは原爆で被曝し、後遺症で苦しんでいた30歳のころ、青森県奥入瀬渓流の水の流れに癒され、それを約35年後の1994年に初めて作品にしたと紹介されていました。古代、アジア大陸の東西の文化が行き交った幹線交通路の姿を独特のスタイルで描いてきた一連のクロード作品の後、原点に戻る仕事と言っていい創作はなぜなのか解き明かそうとする番組でした。
「さらしな」という地名の白のイメージとそのイメージがもたらす清々しさと躍動感―について興味がわいていたきだった(シリーズ226、227)ので、「流水間断無」を収蔵する山梨県北杜市の平山郁夫シルクロード美術館(写真右下)に番組が参考にした資料があるか電話で尋ねました。担当の方が平山さんご自身の文章にその記述があると教えてくださり、「平山郁夫 平成の画業Ⅰ 日本の街道」(講談社)をひもときました。
そこには「奥入瀬の流れと中尊寺」というタイトルの文章があり、「流水間断無」を描く経緯についてのくだりの中に「白は、生命すなわち生きる色を象徴している」とズバリ書いてありました。こうした境地に至る背景を、番組や平山さんの文章からまとめると次のようになります。
先に書きましたように、原爆の後遺症があらわれたとき、東京芸術大学の先生だった平山さんは学生を連れて写生旅行として奥入瀬に行きます。体調がすぐれず山道を歩くのがとてもつらかったそうです。当時は病気に加えて、創作上のテーマがまだ見つけられず、家族を養うこともままならないほど経済的にも大変だったのですが、歩き通した末に見た奥入瀬の景色は「私に心から生きる喜びを心から教えてくれた」そうです。そこで味わった生の充実感は奇しくも、その直後の出世作「仏教伝来」(1959年、写真右上)を生み出し、一連のシルクロード作品につながっていきました。
「流水間断無」はひと通りの仕事を成した後、平山さんがあえて取り組んだ作品なのです。
「流水間断無」は自分の原点を見直そうとしたのではないか。実物を見に行ってきました。六つ折りの屏風が左右それぞぞ1セット、縦約171センチ、横727センチの大作です。描く対象の境界をあいまいにして独特の空気感を醸し出す平山さんならではのタッチとは一線を画し、輪郭をはっきりさせています。岩の苔は厚塗りで近くで見ると、盛り上がっています。その合間を流れる水は川底の石や別方向からの水とぶつかりあって白くしぶきをあげています。
苔や岩、樹木の「静」に対して水の「動」。平山さんがこの白い水しぶき、水の流れに躍動して清々しい命の姿を感じたかもしれないと思いました。
奥入瀬で水の「白」に感銘を受けた平山さんが、直後に描いた出世作「仏教伝来」に、白い馬を登場させたのも偶然ではないような気がしました。「仏教伝来」は般若心経をはじめインドからたくさんの経典を中国に持ち帰った僧玄奘三蔵(「西遊記」三蔵法師のモデル)の喜びの姿がモチーフで、玄奘三蔵の乗っているのが白馬です。
「流水間断無」創作の背景を知ると、この馬の白さにも目が行きます。白が命の色であると感じたから白馬にのった玄奘三蔵を描くことになったのでは…。はっきりしたことは分かりませんが、白色が平山さんの本格的な画業のスタートになんらかの影響を与えたと思います。
シリーズ233号で、動乱の時代を生きた藤原定家が古代の白に理想を求めたと書きました。平山さんもやはり自身の動乱の時代に、生きる力を白色に見たのです。
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