ひとつひとつの水田に月が映っている様子を指す言葉「田毎の月」。階段状に広がる棚田耕作の歴史文化の中ではぐくまれた日本人の大変、貴重な美意識です。棚田は日本各地にありますが、「田毎の月」と言えば、「さらしな・姨捨の棚田」と同じ意味にとらえられるほど、当地の棚田は世に知られています。国の重要文化的景観にも選ばれています。
イメージの中に残像連続
棚田の畔に立っても実際は、水田1枚ごとに月が映っている光景は見ることができません。水面に反射する月の光はひとつの視点からしか見ることができないからです。しかし、だからと言って、「田毎の月」がうそっぱちになるわけではありません。
棚田の坂を上り下りしてみてください。立ち止まってみれ見る角度を調整すれば最寄りの田んぼには必ず月の姿を見ることができるはずです。棚田の水田は1枚1枚が小さな面積なので、次の田んぼの畔に移動したとしても、直前に見た田んぼの月が残像として残っていると思います。イメージの中では水田1枚1枚に月が連続して映っているのです。
長い年月をかけ、こうしたイメージの世界を言葉にする人が出てきました。それが「田毎の月」なのだと思います。俳句や和歌、絵をたしなむような人だったかもしれません。みんながそれはいい言葉だ、ぴったりだ、と思ったので後世に伝わりました。日本の農耕文化と文学芸術(文芸)が融合した日本人の代表的な美意識に昇華したと言っていいと思います。
合併10周年記念
そうした「田毎の月」の歴史芸術文化を踏まえながら、さらしな・姨捨の棚田地帯の一か所に立てばいくつも月が見えるような仕掛けを作って披露したいと、「栞の故郷推進委員会」の馬場條さん(千曲市鋳物師屋)が取り組みを進めています。
大きな鏡を何枚も1枚の水田の周辺にセットします。その鏡それぞれに月が映るように角度を調整して立てたり並べたりし、ひとつの場所から見ると、同時にいくつも月が見えるという趣向です。
目標は来年2013年の中秋、「多くの人にさらしな・姨捨の偉大なる文化歴史を知っていただく機会になればと思います」と馬場さんはおっしゃいます。2013年は合併で成立した千曲市の10周年なので、これを記念するイベントとしてもふさわしく、馬場さんは「名月会などの地権者、千曲市、屋代高校天文部、商工会議所などにもご協力をいただけるようにしたい」と意気込んでいらっしゃいます。
上の写真は、馬場さんが、ことし10月の満月(後の月)のとき、経営する会社の駐車に鏡を並べ、試しに月を映したものです。馬場さんは「残念なことに天空は曇っていましたが、雲間からのぞく月を鏡を傾けることによって『田毎の月』を演出してみました」と写真をメールで送ってくださいました。
更級への旅新聞165号でも同じ内容を掲載しています。