更旅新聞157号・「地名遺産さらしな」を刊行しました

   さらしな堂ではこのたび「地名遺産さらしな 都人のあこがれ、そして今」(A5判112㌻、フルカラー。1000円)という本を刊行しました。このシリーズを書くうちに「さらしな」が世界文化遺産級の地名であることを確信したので、そのことを裏づけるエピソードなどをたくさん盛り込んだ本です。
 白色とさ行の響き
 さらしなが古来、京都の都人がいつか訪ねたいあこがれの地となったのは、「さらしな」という地名が「白」という色彩を強烈にイメージさせる地名であったからだったこともはっきり分かりました。白色は天子(天皇)の色でもあったため高貴で神聖だったのはもちろんなのですが、白には「真・善・美」という、人間が理想としてきた価値も反映される極めて至高の色でもありました。
 左下に、伝統的に白色に見立てられてきた価値観を図式化しました。白というのはクレヨンや絵の具の白色、白い紙など白色とはっきり分かる色だけでなく、明るくて特別な色がない状態を指す言葉として使われてきていることが分かります。それぞれを声に出して読みあげてみてください。「しんせい」「せいけつ」「さやか」「せいひつ」「せいそ」「せいりょう」…。さ行の音がほとんどです。「さらしな」の響きと似ています。
 月の光も古来の和歌などにあるようにその色は白色がイメージされています。この光が千曲川の水面に反射すればそれは上から下からと光に満ちた世界となります。そのように美しい空間が現れる里として「さらしな」は京の都人にイメージされていたのです。
 背景に神道の精神性
 都人が白に強烈な美を感じるようになったのは、穢れのない清楚なことに最大の価値を置く神道の思想・精神性があると考えられます。
 そして、京の都は雪がほどよく降る盆地です。東に見上げる山並みからは大きな月が現れます。賀茂川など月の光を受け止める川が流れています…。月の白さを際立出せる文化や地理環境が京都にもそろっていたため、月を愛でる文化が洗練されていったと思われます。
 そうした都の美意識をもった人たちが当地を訪ね、その旅人によって、さらしなは京の都に勝るとも劣らない月が美しい遠方の場所としてみなされるようになったのです。  シリーズ3などで紹介してきた、佐良志奈神社の社標に刻まれた次の和歌は、都人たちの美意識を見事に凝縮しています。
  月のみか露霜しぐれ雪までにさらしさらせるさらしなの里
  作者が江戸幕末の京都の歌人であることも重要で、さらしなの里を一面真っ白に彩るこの和歌には、古代から連綿と続いた都人の美意識が濃厚に反映しています。佐良志奈神社の社標は、さらしなの里の一級文化財です。
 「さらしな」が世界文化遺産級の地名という表現は、たくさんの寺社が世界遺産である京都の都人たちのあこがれの地であったことに加え、桜の花が美しい奈良県吉野山も世界遺産に登録されていることを踏まえたものです。「花の吉野・月のさらしな」という慣用句があるのだから、吉野の対になっているさらしなも同様に、世界遺産にふさわしいという意味合いを込めています。画像をクリックすると、PDFが現れ、印刷できます。