「佐良志奈」という銘柄の日本酒があります。「オバステ正宗」で知られる長野銘醸さん(旧更級郡八幡村、現千曲市)が2005年から売り出しています。どんな酒でどのような思いを込めてつくっているのか、仕込みが始まった冬の1日、 杜氏の鎌田重夫さんを醸造蔵に訪ねました。
医食同源で意気投合
鎌田さんは岩手県の南部杜氏協会の杜氏です。南部杜氏協会は現在、日本で最も多くの杜氏を抱え、冬は九州地方を除く全国各地に酒造りに出かけているそうです。
鎌田さんは純米酒をこだわってつくってきており、医師でもある長野銘醸社長の和田直道さんと「医食同源」という考えで意気投合し、2004年から長野銘醸の醸造責任者となりました。
純米酒というのは米と米麹、そして水だけでつくる酒です。口に入る物は添加物が必要以上に嫌われる時代です。よく言えば本物を求める時代です。それだけにつくり手がどんな考えで、どんな姿勢でつくっているかというコンセプトが明確に求められています。これが清酒の中でも純米酒が歓迎される背景です。
しっかりとしたつくりの純米酒は冷やだけでなく、燗にすると、旨みとまろやかさが出ると言われます。
生まれ変わった蔵
「佐良志奈」も純米酒です。鎌田重夫さんは「佐良志奈」という銘柄に一つこだわりをこめているそうです。長野銘醸さんではほかの銘柄でも純米酒づくりに力を入れているのですが、「佐良志奈」には「ちょっとひと味違うものを丹精込めてやりたい」。
鎌田さんが長野銘醸さんの杜氏になって仕込み蔵の改造もしてきました。その「生まれ変わった蔵」で、酵母もふくめどんな材料が合うか挑戦したいそうです。長野銘醸のある場所もかつて更級郡です。更級を代表する風物の姨捨、月を強調して「オバステ正宗」という主要銘柄を送り出してきた経緯もあることから、「土地のゆかり、歴史を大事にして、あわてないで『佐良志奈』を、この会社の軸になるものにしたい」とおっしゃいます。
千曲市若宮地区(旧更級村)にある「佐良志奈神社」のことも、「戸倉上山田温泉に行く途中にある神社のことですね」とご存知でした。
お話をうかがった後、元禄2年(1689)の創業以来、建物を改造しながら現在も使っている仕込み蔵を見せていただきました。
中に入ると、まず、さわやかな芳香が鼻をつきました。米を醸造するときにでる「カプロン酸エチル」という物質だそうです。
酒造りでこれまで長くコンビを組んできた藤原敏夫さんと似内裕さんのお二人と、さらに地元の田辺栄光さんと金井正樹さん二人が加わって作業の最中でした。中央の写真は麹菌をまぶした蒸し米を切り返しているところです。
麹菌は蒸し米のデンプンを糖化させるのですが、その働きが蒸し米全体に広がるようまぜ合わせるのが切り返しです。この作業を通じて米麹がつくられます。そして、この米麹をもとに大量の酒を醸造するため、とても大事な仕事です。中央奥、右から三人目が鎌田さん、その右へ順に金井さん、似内さん、手前左が田辺さん、その奥が藤原さんです。
右の写真は、米麹に蒸し米、水、さらに糖をアルコールに変化させる酵母、つまり日本酒の原材料すべてを入れたタンクです。タンクの中の状態がモロミと呼ばれます。酵母の働きによって生じる米粒の対流を全体に行き渡らせるよう櫂で撹拌しているところです。
酒造りはチームワーク
鎌田さんは昭和14年(1939)、農家の長男として生まれました。父親が倒れて跡を継ぎましたが、冬は仕事がないので「外貨をかせぐために」酒造りの仕事につきます。食べていくためには仕方がないことでしたが、どうせやるならと勉強したそうです。30歳で杜氏になり、これまで四つの蔵で働いてきました。
「岩手の冬は雪が多くて大変では」と聞くと、「冬はほとんど地元にいないからよく分からない」とおっしゃっていました。
杜氏はたくさんの部下を率いて仕事をします。鎌田さんのモットーは「楽しい酒造り」。自分が封建的な徒弟関係の下で働いてきたのでよけいだそうです。「現代的にチームワークを大事にしてみんなで酒をつくりたい。みんなで話し合ってみんなの知恵を借りて。人を疑うといいものはできない」とおっしゃいます。
夜のご飯のしたくは鎌田さんがしていました。訪ねた日は大なべの汁物のほかに刺身。皿には大根のつまが添えられていました。
仕込みは11月初めから3月末まで。佐良志奈をふくむ複数の銘柄の酒をその期間に醸造します。それが熟成されて翌年の秋口から店頭に並ぶことになります。
安全で風味が良い地酒
写真の4合びんの真ん中に見える「長野県原産地呼称管理委員会・認定」のラベルは、長野県内で産した原材料を使い、県内で製造された安全で風味が良い日本酒であることを証明するものです。長野県がソムリエの田崎真也さんらと構築した「長野県原産地呼称管理制度」にもとづく品質保証のラベルです。この制度は、消費者の信頼を得ながら生産者の生産意欲を高めることで、長野県産農産物、加工物のブランド化を目指すものです。
同じ銘柄でも「特別純米」「純米吟醸」などの名称が付されていますが、これは酒税法で原料や製造方法などの違いによって分類された八種類の呼び名のうちの二つです。「特定名称酒」と呼ばれます。
参考までに「特別純米」は、水以外の使用原料が米と米麹、精米歩合は60%以下、そして香味及び色沢が良好なものということです。ビンの裏面に「精米歩合」についての表示が記されていますが、60%という表記があった場合は、40%を精米して削り取ったという意味。米の表皮に近い部分には日本酒の味を悪くするたんぱく質や脂肪分が多く含まれているため、それを除く必要があり、一般的には精米歩合の数値が低いほど良質な酒になると言われています。
「純米吟醸」は「特別純米」の基準を踏まえ、さらに、くだもののような芳香が立ち上る製法でつくったもの。にごり酒は、少し荒い目の布などでモロミをこした酒です。飲み比べると、違いがよく分かります。それぞれに合う肴や料理を開発するのも楽しいのではないかと思います。
長野銘醸さんの純米酒としては、ほかに、「棚田」もこだわりの酒です。千曲市姨捨地区の棚田で栽培した酒造好適米「美山錦」を材料にして造ったものです。
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