心がけ61 うまく説明できないことが人の心を打つ場合がある

「人の心を本当に強く打つのは多くの場合、言葉ではうまく説明のできないものごとなのです」

これはアメリカ人がかいた世界的なロングセラー絵本「おおきな木」の訳を手掛けた村上春樹さんの「あとがき」にある一文。伝えたい思いを文章にするときの励みになる言葉だと思います。うまく言葉では説明できないことの方が、読者の心を打つことがあるのです。
この絵本は、子ども時代から最晩年に至る一人の人間のために木がひたすら自らの身を文字通り削るお話。親が子どものために献身的に時には自己犠牲を払うことはよくありますが、このお話の特徴は老人になって死ぬ間際まで木がひたすら奉仕するところで、ページを繰っていくと「いいお話だな」とは素直に思えず、複雑な気持ちになります。それでも読み終わると、また読み直したくなったり、抱いた複雑な気持ちの理由を知りたくなったりします。村上さんの言葉のように、強く打たれた自分の心の内実はうまく言葉では説明できないのです。
正しいか間違っているか、はっきり判断のできないことが生きていくときには出てきます。複雑な事情があってどうにも解決できないことがあります。死んだら自分はどうなるのかといった答えの出ない問題もあります。人の心を打つ表現のチャンスかもしれません。

★文章を作るときに普段心がけておくといいことを「心がけるとよいこと」のコーナーで連載しています。