2008年3月のことになりますが朝日新聞で、平安時代の古典「更級日記」がフランスでオペラとして上演されたという記事を見つけました。「世界初演の『更級日記』 仏紙も絶賛、静止の美」」の見出しで文化面に載っていました。
「更級日記」とその作者については、シリーズで幾度となく紹介してきました(1、16、31、40、41、47、59、60、66、67、68、69、70、71、73などの各号)。「さらしな」という地域が古代から都の人たちのあこがれの地であったことを裏付ける日記です。それだけにフランスで上演、しかも絶賛されたとなれば、実際の公演を見てみたいものですが、再演の情報が手に入らず今に至っています。
この記事を読む限り、かなり原作を抽象化し、月を強調した作品のようです。また、並行して調べる中で分かったのは、このオペラもそうですが、「更級日記」は海外では「Lady Sarashina」というタイトルで知られているということでした。
この日記を書いたのは「菅原孝標女」。学問の神様で知られる菅原道真の子孫である菅原孝標という貴族の娘(女)です。ですから日記の主人公は「Sugawaranotakasuenomusume」と書くべきものですが、それでは分かりづらいので、「Lady Sarasihna」になったと思われます。
この「Lady(レディー)」という言葉には、独特な意味合いがあると思います。米国に「レディー・ガガ」という人気女性歌手がいますが、この女性は奇抜な衣装と派手なパフォーマンスながら、東日本大震災ではいち早く日本支援を言動で示すなど、実は硬派なアーチストとして注目されました。交通事故で不慮の死を遂げた英国の元皇太子妃ダイアナさんも「レディー・ダイアナ」と呼ばれることがあります。「レディー」という言葉には個性や自尊心を持った女性への称号でもあるようです、ですから、「Lady Sarashina」は日本語にすると、「淑女更級」「品位のある更級という女性」という感じです。
英語の訳本や訳文にも目を通してみました。それらに一貫していると感じるのは、自らが望む人生は送れずとも生を全うしようとした菅原孝標女への共感です。訳出には訳者の解釈が加わるので、結果として、個性がより尊重される海外の人の訳文には個性が強い女性として描かれるのかもしれません。結果的に海外で「さらしな(Sarashina)」という言葉は、精神的に自立した女性を意味する言葉として広まっている可能性があるかもしれません。
右の写真はペンギンクラシックス刊の「更級日記」英訳本の表紙です。タイトルは「AS I CROSSED A BRIDGE OF DREAMS」。菅原孝標女が晩年、阿弥陀如来の夢を見ることによって老いや死絵の安寧を得られたことをモチーフに三途の川も想起させるタイトルと表紙デザインですが、本文の中では「Lady Sarashina」として紹介されています。
左の写真はオペラが上演されたリヨンのオペラハウスのホームページで紹介されていた写真の一枚です。右上部の細い白線は月だと思います。記事中で紹介された「静止の美」という言葉を聞くと、能の幽玄美と重なります。「太陽の季節」から「月の季節」への移行を象徴する一場面でもあるのかなと思いました。画像をクリックすると、PDFが現れ、印刷できます。